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うれしいをはこぶ・・・#花音のひとりごと

わたしの日常でございます。。。#花やみどり、ひとがご縁を紡ぎ、あなたさまを癒します。
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強力なわたしのサポーター。。。

もう40年も前になりますが・・・。

父は46歳で突然亡くなりました。。。今でいう、スキルス性の
胃がんでした。

その事実を、私は成人式を迎えたころに、母から聞かされました。

うちの家系は、代々商売をやってきたわけですが・・・
先祖代々、家業に命をささげたということ。。。そのころのわたし、
どういうこと?!って、ぜんぜんその状況を理解することが・・・

もう(*゚Q゚*)、ほんとにもう、むつかしかったのでしょうね~できなかったのです。

母から聞いた話です。

父は、母と結婚する前に、27歳で洗濯屋さん(今で言うクリーニング業)を
立ち上げました。

洗濯板1枚と、ドリフターズのコントで出てくる、天井から落ちて頭に直撃する金物のたらい1つで。。。

その後、1軒1けん、洗濯が面倒なおうちを開拓して、父の会社は10年後に、
洗濯の工場を持ち、支店を構えるまでになりました。。。

そこらへんの時期に、母と見合いで結婚して、わたしが生まれています。

わたしの記憶・・・。
父は、朝から暗くなるまで洗濯していた・・・
朝、幼稚園に送っもらうのが日課でした。会社の軽トラで。。。

今考えると、分不相応な幼稚園に行かせてもらっていたんです。
幼稚園には、今ほど送迎バスなんてなく、
まわりの園児は、カブトムシの型をした車(○にWのマークがついた)
見たこともない、Bが書いてある大きな車で通園してました。

毎朝園には1番のりで、7時半には到着していました。
迎えも父が外回りの帰りに拾ってくれて・・・。

いつも仕事をしていた父でした。。。
朝、夕と、食事のときには必ず新聞を見ながら?!
父の顔なんて、新聞でかくれていましたよ。。。
箸で新聞をめくって、ちゃんとした会話なんてなかったです。

足を骨折しても、高熱が出てても、洗濯をすることを休むことなく
いつも、いつも、洗濯している。。。そんな父でした。

ほんと、「背中をみて・・・」って、こういうことを言うんだと。。。

亡くなる前、病院に引きずるように連れて行かれた父・・・。

母には、余命が6ヶ月と知らされていましたが、
それでも、仕事のことしか考えていなかったそうです。(告知はなしでした)

ちょうど言われていたとおり、6ヶ月後に息を引き取りました。

父が遺してくれた言葉。
「芸は身を助ける」。。。
ずっと、ずっとわたしのなかで生きています。その背中と一緒に。

このたび、すんごい場所を見つけて、そこで店をやろうとしているわたしです。

天井がほげていても、雨もりしなければ。。。
コーヒーカップとグラス、お花があれば?!

できる?!って思えるんです。

洗濯板と金だらいではじまった父の会社。。。
父・・・亡くなっていますが、強力なわたしのサポーターのひとりでございます。
そして、息を引き取る前に、母に言った忘れられないひとこと。。。

「まだ・・・まだ、やりたいことがあったのに・・・」

だからですね・・・わたし。
どんな事実を目の当たりにしても、
「あきらめる理由」には、該当しないのです!

いつも、本日も、こんな店主の店にご来店いただきまして、
ありがとうございます。
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【 2019/01/15 】 未分類 | TB(-) | CM(0)
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